1980年代、F1はルノーが先陣をきったターボ全盛の時期だった。その後フェラーリ、BMW、TAGポルシェとターボ化は進み80年代の後半には革新的な「テレメトリー・システム」を持ち込んだホンダV6ターボの独壇場となる。
しかし87年、FISAにより安全性の問題からターボエンジンの加給圧と燃費を厳しく制限され、非加給3500ccエンジン車の出走が復活するといくつかのチームはコストのかかるターボから非加給のフォードV8へとスイッチした。
当時、ティレルも同じくフォードV8にエンジンを替え、しばらく低迷を続けていたチームはこの頃から復活の兆しを見せ始める。そして89年、他のターボエンジンを搭載したチームよりも先にNA規定下でのマシン作りに専念していたティレルのハーベイ・ポスルスウェイトとジャン・クロード・ミジョーを中心とするデザインチームは、ダウンフォースを効率よく稼ごうと、フロントノーズを高めに持ち上げ、そしてスリムに構成されたフロントセクションを持つティレル018をデビューさせる。
その後のF1マシンデザインに大きな影響を与えたティレル019の前身となるティレル018は当初、ミケーレ・アルボレートとジョナサン・パーマーのコンビでグランプリを戦っていたが、アルボレートがカナダGP後にチームを解雇されるとチームオーナーのケン・ティレルは次戦フランスGPからジャン・アレジという新人ドライバーを起用する。そしてこのティレル018とジャン・アレジのコンビは翌年、誰もが予期しなかった活躍を見せる様になる。