1990年、ジャン・アレジの新たなチームメートに中島悟が加わり資金的にもやや余裕が見られる様になったこの年、前年とほぼ同じティレル018でジャン・アレジが初戦アメリカGPで一時アイルトン・セナを押さえトップに立つなど目覚ましい活躍を見せ、同じく中島悟も同GPで決勝6位になるなどさい先良いスタートをきった。そしてチームはサンマリノGPで今まで誰も見たことのないフロントノーズを持ったティレル019をデビューさせる。
フロントノーズを高々と持ち上げより多くの空気を床下に流し込み、車体後部のアップスイープで積極的にダウンフォースを稼ぐというこの手法は前モデルの018から試されていたが、この019の登場によってほぼ完成形となる。
このスタイルはその後ベネトンが採用した吊り下げ方式の方が有効であるとし、現在にいたるまで発展していくが全ての始まりはこのマシンからだった。
この年ジャンアレジがアメリカGPで2位、モナコGPでも2位に入賞するなど低速コーナーの多いサーキットでは無類の早さをみせたが、大半のレースでマシントラブルによるリタイヤとなり、見た目のインパクト以上にマシンの信頼性に泣かされたマシンでもあった。